【志田富雄氏】銀貨の銀を減らし、戦費を調達したローマ皇帝
- #貴金属投資の基礎知識
2026年03月06日
いしふくコラムでは、読者の皆様への情報提供の一つとして、2025年より貴金属に関する四方山話や相場解説などを専門家に執筆いただきます。 専門家の深い知見に触れ、貴金属への興味・関心を持っていただければ幸いです。
今回は、経済コラムニスト志田富雄氏にコラム「銀貨の銀を減らし、戦費を調達したローマ皇帝」を執筆いただきました。

1983年に日本経済新聞社に入社し、証券部に配属。85年にロンドン支局(後の欧州編集総局)に赴任し、原油や金、非鉄金属市場を初めて取材。「すず危機」や北海ブレント原油が10ドルを下回る急落場面に遭遇した。それ以来、コモディティー市場の取材歴は30年以上になる。2003年から24年末の退社まで編集委員。09年~19年は論説委員を兼務した。コメなどの国内食品市場や水産資源問題にも詳しい。日経電子版「Think!」投稿エキスパート。日本メタル経済研究所特任アナリスト。
銀貨の銀を減らし、戦費を調達したローマ皇帝
執筆日:2026/02/27
ローマ皇帝やイングランド王が
米ウォール街から「ディベースメント(debasement)・トレード」という言葉が使われるようになりました。通貨に使う貴金属を減らした過去の事例になぞらえています。現代でも通貨の劣化に備え、自分の運用資産を見直そうという提案です。具体的にはドル資産などの価値が下がるリスクを考え、金や銀などの代替資産を増やすことになります。金投資について勉強している読者であれば、「ドル不安が強まれば金の出番だというのは、昔から言われていることではないの?」と思うかもしれません。その通りです。金融大手がディベースメント・トレードという用語を使うことでリスクを顧客に分かりやすくイメージさせ、資産配分の見直しを促したのだと思います。もちろん円も例外ではありません。
具体的に、通貨に使う貴金属の量を減らした有名な事例を見てみましょう。古代ローマ時代にはデナリウスという銀貨が流通しており、紀元前後のアウグストゥス皇帝の時代には純銀に近いものでした。ところが、時代が経つごとに通貨の重量や1枚の銀貨に使う銀の量が減らされ、質が悪くなっていったのです。背景には軍事費などで財政支出が膨らんでいたことがあります。銀貨1枚に使う銀の量を100分の1に減らせば、同じ銀の量で100倍の銀貨を供給し、財政支出を賄えるのです。ところが、皇帝がインチキをしたのは誰の目にも明らかで、「同じ価値のある銀貨だ」と言っても市場で信用してもらえません。いつもの食品を買うにも多くの銀貨が必要になりました。物価統制も思うように機能せず、深刻なインフレがローマ帝国を襲います。
歴史は繰り返す。16世紀のイングランドではヘンリー8世がフランスなどとの戦費や贅沢三昧の生活を賄うために銀貨に使う銀の量を大幅に減らしました。この通貨改鋳が「大悪改鋳=Great Debasement」と呼ばれたのです。通貨の質は著しく劣化したので、人々は価値の高い昔の通貨は蓄えておき、質の悪い新しい通貨を優先して使うようになりました。「悪貨は良貨を駆逐する」というグレシャムの法則は聞いたことはあるでしょうか。これは通貨の品質を戻すように王室に提言したトーマス・グレシャム氏の考えに由来しています。日本でも江戸時代、財政難に直面した幕府が慶長小判などを回収し、質を落とした元禄小判などに改鋳した「元禄の改鋳」が有名です。
現代のGreat Debasement?
通貨の質(価値)が劣化し、インフレが加速するイメージが湧いてきたのではないでしょうか。ヘンリー8世の時代には通貨の量を大幅に増やすためには造幣局の製造能力もネックになりました。現代ではそんな制限もなく、政府はお金の量を増やすことができます。
下にあるグラフ(上)は米国の通貨供給量(マネタリーベース)を示しています。リーマン・ショック(2008年)や新型コロナウィルス禍(20年)といった危機への対策でお金の量が飛躍的に増えたことが分かります。厄介なのは、一度増やしてしまったお金はなかなか減らせないことです。結果としてお金の量は1960年の100倍以上の規模に膨れ上がってしまったのです。日本も同じです。お金の量は「黒田バズーカ」(異次元の量的・質的金融緩和)を放った黒田東彦日銀総裁時代に急増(グラフ下)。一時は600兆円を上回り、1970年の150倍近くまで膨張しました。



私の世代だと、子供の頃に稲穂がデザインされた100円玉を使った記憶があります。この100円玉や、その前に鋳造された鳳凰がデザインされた100円玉には60%の銀が使われていました。ともに重量は4.8グラムなので、2.88グラムの銀が含まれているわけです。今でも100円として有効な貨幣です。ところが、銀価格は消費税込みだと1グラム400円以上に高騰しているので、この100円玉の価値は銀だけで1000円を超えます。現代ではお金の量が膨張し、貴金属などが高騰したことで素材の価値が通貨の額面を超えたのです。「100円」の価値が半世紀でそれだけ落ちたと言えます。
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