【池水雄一氏】銀の話1
- #貴金属投資の基礎知識
- #銀
2026年04月09日
いしふくコラムでは、読者の皆様への情報提供の一つとして、2025年より貴金属に関する四方山話や相場解説などを専門家に執筆いただきます。 専門家の深い知見に触れ、貴金属への興味・関心を持っていただければ幸いです。
今回は、貴金属スペシャリストの池水雄一氏にコラム「銀の話1」を執筆いただきました。

一般社団法人日本貴金属マーケット協会 代表理事、貴金属スペシャリスト 1962年生まれ兵庫県出身。1986年上智大学外国語学部英語学科卒業後、住友商事株式会社入社、その後1990年クレディ・スイス銀行、1992年より三井物産株式会社で貴金属チームリーダーを務める。2006年よりスタンダードバンク東京支店副支店長、2009年に同東京支店で支店長に就任。2019年9月より日本貴金属マーケット協会(JBMA)代表理事に就任。一貫して貴金属ディーリングに従事し、世界各国のブリオン(貴金属)ディーラーでブルース(池水氏のディーラー名)の名を知らない人はいない。
銀の話1
執筆日:2026/01/13
銀の話1 - 「人類とシルバーの出会い」
今回からは、いしふくコラムを借りてシルバーの話を連載させてもらおうかなと思います。毎週というわけには行きませんが、その時々の話題に挟む形でシルバーに関してまとめて行きたいと思います。
「人類とシルバーの出会い:古代のシルバー」
ゴールドと人類の出会いは紀元前6000年チグリス・ユーフラテス川で起こったメソポタミア文明に先立つ新石器時代まで遡るようです。その先史時代のウバイド文化では石器と並行する形ですでに銅器が使われており、おそらくゴールドもこの時代までに人間に見つけられたのではないかと推測されています。シルバーと人類の出会いはおそらく同じような時期であったのではないかと思いますが、もちろん確証はありません。ただ紀元前3000年くらいのメソポタミアやエジプトの遺跡からはゴールドと同様に発見されているので、そのころまでには人類との付き合いは始まっていたということで、ゴールド同様に人類との付き合いはとても長いと言えます。

最古の銀製品は古代シュメール(ウバイド文化、紀元前3500年ごろ)の埋葬遺跡から発見されています。しかし、明らかにゴールドと比べるとその露出度、特に古代においては少ないと言えます。それはなぜか。ゴールドは「自然金」の形、その代表は砂金ですが、もっと大きなナゲットの形で高純度のゴールドの塊が見つかったからです。古代から比較的入手しやすかったゴールドに対して、シルバーはめったに「自然銀」の形では発見されません。そのため本格的にシルバーが流通するためには、製錬技術がある程度発達する必要がありました。古代メソポタミアやエジプトではゴールドよりも、より希少性が高かったシルバーの方が価値があったと見られています。
そんなシルバーが流通するきっかけになったのは製錬法が発見されてからですが、その最古のものは紀元前2500年頃のものと思われる現代のアルメニアの遺跡から、灰吹法による鉛とシルバーを含んだ鉱石からシルバーを製錬した残渣が発見されました。このころからシルバーも流通が増えていったと思われます。紀元前900年頃にはギリシャのアテネ近くにラウリオン銀山が発見され、ここからのシルバーが銀貨として鋳造され、ほぼ1000年にわたってギリシャ(当時はアテナイ)の主要な収入源のひとつであったようです。それがドラクマ銀貨と呼ばれて紀元後にもローマ帝国の領域内で広くもちいられていました。新約聖書の「ルカの福音書」や「マタイの福音書」にもドラクマ銀貨に対する言及がみられます。

紀元前3 世紀のアレクサンダー大王によるギリシアからインド北西部に至る広大な帝国は、ヘレニズム文化とともに銀貨の流通にも大きな役割を果たしました。この帝国の及ぶ広大な範囲に銀貨が価値の基準として広がったと考えられています。

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