【小菅努氏】貴金属の地名 ~銀座があれば金座もある?~
- #貴金属投資の基礎知識
2026年03月18日
いしふくコラムでは、読者の皆様への情報提供の一つとして、2025年より貴金属に関する四方山話や相場解説などを専門家に執筆いただきます。 専門家の深い知見に触れ、貴金属への興味・関心を持っていただければ幸いです。
今回は、マーケットエッジ代表 小菅努氏にコラム「貴金属の地名 ~銀座があれば金座もある?~」を執筆いただきました。

1976年千葉県生まれ。筑波大学第一学群社会学類卒。商品先物取引・FX会社の営業部、営業本部を経て、同時テロ事件直後のニューヨークに駐在してコモディティ・金融市場の分析を学びながらアナリスト業務を本格化。帰国後は調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社代表に就任。商社、事業法人、金融機関、個人投資家向けのレポート配信業務、各種レポート/コラム執筆、講演などを行う。
貴金属の地名 ~銀座があれば金座もある?~
執筆日:2026/03/16
「銀座」の地名は、銀(シルバー)と関係ありますか?
東京都中央区にある銀座。日本を代表する繁華街で国内外のブランドが軒を連ね、週末の歩行者天国は多くの人で賑わいます。この「銀座」という地名には、「銀(シルバー)」が含まれていますが、銀と関係があるのでしょうか?
答えは、関係ありです。もともと、江戸時代に「銀座(ぎんざ)」と呼ばれる幕府の役所が設置されていたことが由来です。つまり「銀座」とは本来、「銀を鋳る場所」を意味していたのです。江戸時代は、この地で銀貨の鋳造、銀の買い入れや在庫管理が行われていました。
1612年(慶長17年)に駿府(現在の静岡)にあった「銀座役所」が現在の中央区銀座二丁目に移転しました。現在のティファニー銀座ビルがある場所で、そのビルの前には「銀座発祥の地」の石碑が置かれ、この地に「銀座」があったことを知らせてくれます。1800年に「銀座」は、日本橋蛎殻町に移転しましたが、地名だけはそのまま残り、現在に至っています。

現在は、銀座に行っても銀そのものを目にすることはほとんどありません。宝飾品店で、シルバーアクセサリーが取り扱われているだけです。しかし、「銀」という字が持つ象徴的な輝きは、この街のイメージと見事に重なっていることが、「銀座」を特別な街にしている一因とも言えそうです。金が「富」や「権力の象徴」であるのに対し、銀は「洗練」、「清潔」、「知性」といったイメージを持たれがちです。銀座という街には、まさにそうした上品で控えめな華やかさが息づいています。
「銀座」があるのなら、「金座」もある?
さて、では「銀座」の地名があるのなら、日本のどこかに「金座(きんざ)」もあるのでしょうか? こちらは、以前はあったが現在はないが正解です。
「金座」とは、江戸幕府から金貨の製造を独占的に請け負った貨幣製造機関で、金貨の製造のほか、通貨の発行という現在の中央銀行業務に相当する役割も担っていました。明治維新後、新政府は貨幣制度の近代化を進め、旧幕府の貨幣鋳造機関を整理・統一していきました。その過程で、金座は1869年(明治2年)に 現在の造幣局 に吸収され、廃止されました。
この金座があったのは日本橋本石町、つまり現在の日本銀行本店のある場所です。1896年(明治29年)、金座の跡地に、現在の日本銀行本館が竣工しました。ただし、銀座とは異なり、現在は地名として残されていませんし、かつて金座があったことを示す碑なども確認できません(筆者調べ)。日本銀行本館が、その役割を果たしているのでしょうか。
かつて金座があった日本銀行本店はさすがに自由に出入りできませんが、その隣には日本銀行金融研究所の貨幣博物館が設置されています。入館料無料で、お金の歴史を学べる博物館です。日本銀行本店近くに寄られる機会があれば、貨幣博物館はお金の歴史に興味がある人にはお勧めできる施設です。金貨や小判なども多数展示されています。
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